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韓国俳優キム・ミョンミンに関するインタビューや記事の日本語翻訳ライブラリー
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日常

ストイックなナムジャ

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2011年6月にシアトルを訪れた際、観戦した時の写真♪
赤い糸伝説

ウリペウ ミョンミンさんにど嵌りする以前は、オリックスのイチロー選手のファンだった。
どうも私はストイックなナムジャに弱いらしい。
民放ではほぼ放映されないパリーグのゲームをBS放送で見ながら、一時は週間ベースボールの愛読者だった。
嵌るととことんいく性格らしい。
そして2001年春、イチローが大リーグに移籍することになり
居ても立ってもいられず、友人とシアトルのセーフコフィールドを訪れた。
5月1日だったかと思うが、
グランドに早めに着くと外野でイチローが佐々木(大魔神)相手にキャッチボールをしていた。
そしてレフト側では対戦相手のレッドソックスの選手が練習していて、その中に野茂がいた。
当時、大リーガーとしてすでにトルネード投法で活躍していたピッチャー野茂の姿を発見すると、友達はさっさとレフト側に移動したが、私はイチローの動きを目に焼き付けていたくてイチローの定位置であるライトの外野席をかたくなに守った。
野茂との対戦は翌日で、残念ながら私たちはバッター イチロー対ピッチャー野茂の対決を見ることはできなかったが、セーフコフィールド(2019年1月からTモバイル・パークに名前が変わった)は外野と観客席が近くイチロー選手はしばし練習を休んで、子供たちのおねだりに快く答えてボールにサインをしたりしていた。
私もどうにかして仲間に入れないかと、前方ににじり寄ってみたが、視野にも入らなかったようで、おこぼれにあずかることはなかった。

その後、イチロー流を貫き通して、全米が認める超一流メジャーリーガーになり、ボールパークでイチローコールを巻き起こし、野球ファンを魅了し続けたイチロー選手。まばゆいばかりの活躍の裏で、孤独な自分との闘いは熾烈だったのだろう。
イチローは本当に50才まで現役でPlayするものと思っていた。
でも、永遠という言葉は天才バッターにも存在するはずはなく、2019年3月21日にイチローは元イチローになった。

記者会見の中で、ある記者が「引退おめでとうございます」と言った時、口がすべって言い間違えたのか、と思ったが、大リーグでは引退すると「おめでとう」と言われることも多々あるらしい。
「残念」ではなく「おめでとう」。
大リーグ史上にあらゆる新記録を打ち立て、大スター選手として19年間Playしてきた選手だからこそ
お疲れ様、ありがとう、そしてこれから新たな門出となるこの日に「おめでとう」なのだ。

しかしながら、ネットで流れてくるイチロー解説、秘話、そんなものを読んでいると、彼の偉大さを改めて感じ入り、もっと活躍を見たかったなと思ってしまう。外野はいつも自分勝手でわがままだ。
今後のイチローの去就に注目が集まっているが、シアトルでは何か特別な役職を用意しているという話も聞く。
きっとまた我々の予想を超えたところで彼の新たな夢を叶えるポジションに就くのではないかと思う。
イチローは現役を退いたが、元イチローは第2の野球人生のスタートを切った。

人生には第1もあれば第2もあるのである。

近々、ワクワクするようなニュースが日本に届くことを楽しみに、「引退おめでとう」という言葉を贈りたい。



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ころで、もう一人のストイックなナムジャ ウリペウニムは今どうしているんでしょうか。
まったく音沙汰なし。
「長沙里9.15」公開が夏だというので、それまで耐えて待つのみ・・・・
ドラマやってくれないかなあ・・・・

日々わちゃわちゃと忙しくしていたら、アッと言う間に4月ですね。
そして、新元号。なんだろう~
弘明(こうみょう)なんてどうよ?
わが町が弘明寺(ぐみょうじ)なので(笑)


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