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韓国俳優キム・ミョンミンに関するインタビューや記事の日本語翻訳ライブラリー
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조선명탐정3 朝鮮名探偵 吸血鬼の秘密

韓国映画「朝鮮名探偵 吸血鬼の秘密」監督インタビューby cine21

cine21 1

ういえば、CINE21のインタビュー訳してなかった(笑)
ウリペウニムのインタビューはのちほど。
監督のインタビューがちょっと面白いので
というか専門的で意味不明な部分もありますが
この方、ほんとにすごい人だなあ
映画界の風潮としてコメディに対する認識がちょっと低いというのが
あるんだよね。
でも当然ながら制作側は軽薄にならないようにコメディ部分に
相当な気を使っているのがわかる。
女性に対する表現も配慮が見える。
上品なコメディ時代劇だな。ウリ チョタム(チョソンミョンタムジョン短縮)
そして17日土曜日で180万名越えた。
おそらく今日日曜日で200万越えじゃないかな。(*^_^*)
オリンピック関係ないね。韓国の映画界^^
cine21 4

監督インタビューの前に映画評♪

<朝鮮名探偵:吸血鬼の秘密>旧正月の連休、思い切り笑って楽しむ家族映画
<朝鮮名探偵>シリーズと西洋のバンパイアが出会った。 そして名探偵のキム・ミン(キム・ミョンミン)と彼の同志ソピル(オ・ダルス)、俳優キム・ジウォンが疑惑の女性ウォリョン役で加勢し共に吸血鬼事件を暴く。 洋書に登場する吸血鬼がいると信じているキム・ミン、そしてこれに嘲笑するソピルは目に見えない火で焼け死んだ死体に関する事件を依頼されてカンファに向かう。 功臣らが集まって力を合わせ決意を固める観月会を無事に行なうために、この両班(ヤンバン)たちは、事件の解決が切実だ。 記憶を失って彷徨するウォリョンがしきりに現場に現れ、3人は村の奇妙な事件をともに追跡することになる。

<朝鮮名探偵:トリカブトの秘密><朝鮮名探偵:消えた日雇いの娘>は、朝鮮時代を背景に推理物のジャンル的タッチを巧みに見せてくれたシリーズだった。 今回はウォリョンにまつわるミステリーを大きな軸に据え、これをバンパイア物のビジュアルで具現する。 その過程で自然に女性キャラクターの分量も、彼女が劇の中で果たす役割も大幅に増えた。 ウォリョンの感情を扱うやり方が多少スムーズではなかったことを含めて残念な点がないことはないが、外見を卑下しギャグにするなど、前作の欠点を改善したのが目立つ。 残りはコメディーで満タンにした。 現代の文物を<朝鮮名探偵>シリーズに移植し、くすりと笑うユーモアから、オ・ダルスという共通分母を掲げて<オールドボーイ>をパロディーすることを決め込んだギャグまで休まず笑いを誘発する。 滑らかな編集や新鮮な撮影を期待することは難しいシリーズ物が、旧正月の連休、思い切り笑って楽しむ家族映画としては申し分ない。 主演俳優キム・ミョンミン、オ・ダルスとキム・ソギュン監督がシリーズ全編にわたって呼吸を合わせた。


いいじゃん♪

は監督インタビュー長いので下に畳みました↓



[旧正月連休の期待作①]<朝鮮名探偵:吸血鬼の秘密>キム・ソギュン監督

●娯楽物には娯楽の演出方法がある
政権が二度変わったが、<朝鮮名探偵>はそのままだ。 監督も、俳優も、さらに製作会社、投資・配給会社、広報会社まで変わらず期待通りに旧正月の連休に戻ってきた。 このシリーズをすべて演出したキム・ソギュン監督は平均的な人の時間の数倍を生きているようだ。 JTBC制作1局(ドラマ)局長でもある彼は、現場で毎年一つずつ演出もしている(2014年<朝鮮名探偵:消えた日雇いの娘>、2015年ドラマ<錐>、2016年、ドラマ<今週妻が浮気をします>)。 "私はもともと管理者体質ではないので、デスクで決裁をしていると、撮影が終わってモーテルの部屋で焼酎の杯を傾けたのが本当に懐かしくなる。" 映画の現場に対する思い入れを表したキム・ソギュン監督に会って、シリーズを率いてきた力の根源、そして変化について聞いた。

-同じ俳優と監督として3本まで来た。 <将軍の息子>シリーズ後初めてのことだと。 (笑)

=1編である<朝鮮名探偵:トリカブトの秘密>(2011)当時、俳優と息を合わせる過程が半ば以降も続いた。 どうも僕は1~2番目のテイクの中で早くオーケーを出すし、ミョンミンさんやダルスさんは長い共演で数回撮影する雰囲気に慣れていたから。 お互いに息が合うようになったときに撮影が終わった。 その後監督編集本を見せてあげたが、俳優たちの満足度が非常に高かった。 劇場公開版は追加編集と残念さが残る場合があるが、俳優たちと約束した通り、撮った結果については信頼が生じたのだ。 それで暗黙的に続編も可能という話が公開後に出始めた。 俳優と監督の要求もあったが、それに劣らずスタッフらが要求する声もあった。 スタッフ構成も、前編と殆ど同じようにきた。 以前の映画を観るとベトナムへ人質を捕りに行って、今は靴磨きしているなど他の仕事をしていた昔ベテランたちが集まる話のようなことがあるじゃないか。 韓国映画でも今は映画を辞めてタトウ師の仕事をするスタッフがまた戻って働く、そんな感じだった。

-3本まで来ながら、キム・ミョンミンとオ・ダルスのコメディ呼吸もさらに進化した。

=息が合うことも重要だが、その中でディテールなものがある。 今回の編では台詞を交わす完成度に加えて余裕から来るディテールが生まれた。 私たちが息が合うという自信がすでにあったので、以前の緊張が消えたんだ。 例えば、指から血が出て口に入れる場面は間違って撮ったらとても軽薄になってしまう。 2人の俳優の余裕とディテールがなかったら今の結果のように面白く作れなかっただろう。

-半ばに<オールドボーイ>(2003)をパロディーした場面はオ・ダルスという共通分母を意図したのか。

=もちろん。実は今回の編ではウォリョン(キム・ジウォン)の方に多くの役割が与えられ、キム・ミン(キム・ミョンミン)との2ショットも多いので、ソピル(オ・ダルス)単独で撮らなければならないコメディが不足した。 どうにかソピルを生かしたいと考えるにはこのキャラだけを別に会議をしたりもした。 その後、ハンマーアクションの話が出たのだ。 <オールドボーイ>で歯が抜かれた俳優だったので意味もあるし、本人も気に入るだろうと。 そのようなコメディーをどこに入れるかが最も重要だが、居酒屋格闘シーンが目に入った。 このシーンの目標を何個か満足すれば、あえてアクションをかっこよくする必要もないから、そこで笑いを与えてあげればよかったから。

-今までフィルモグラフィーの特徴の一つが、庶民の話を扱うということだ。 シットコム<オールドミスダイアリー>(2004)、<清潭洞に住んでいます>(2011)とドラマ<錐>はもちろん、<朝鮮名探偵>もシリーズ全体にわたってその話をする。 無意識の中にずっと存在したテーマだろうか。

=無意識の中にそのようなものがある。 私が昔に生まれたら奴婢ではないだろうかと考えている。 (一同笑)以前にシットコムに集中した理由は、疎外された階層の些細な話を作ることができる唯一のジャンルだと思ったからだ。 基本的にコンテンツ製作者の立場から見る際に庶民の方の話が共感がさらに広いという理由もあった。 人々が羨望する対象はほとんど破壊力も少なく、流通期限がさらに短い。
そう見れば、派手なものよりも、庶民の話をするというのが意図的な私の作品全体の脈絡ではある。 <朝鮮名探偵:トリカブトの秘密>監督編集版を見ると本当に涙が出る。 (笑)ある客主(ハン・ジミン)とアヨンが同一人物という点が反転のように登場せずに、民たちの話をたくさん描いている。

●女性キャラクターに対する悩みがあった
-今回の特徴の一つが女性キャラクターの割合が大幅に高まったという点だ。

=<朝鮮名探偵:トリカブトの秘密>のアヨン(ハン・ジミン)は、もどかしかった時期を体で生きてきた女性だ。 原作を読む時もその人物にとても感情移入し、格好よかった。 以降、<朝鮮名探偵:消えた日雇いの娘>ではほとんど自動的に女性が出なければならないと思った。 そんな風に二本をしたら、最初は悪そうに見えた女性がわかってみると善良な人だったという流れを反復継続していたよ。 女性キャラクターをポジショニングをするのが容易ではないと思ったし、変えなければならないと考えた。 何よりシリーズを続けているキム・ミンとソピルのキャラクターを少しでもキープするには、分散されなければならなかった。 汗蒸幕に一人で入ると、熱いじゃなか。 いろいろ人が入れば持ちこたえられる。 2編は汗蒸幕にキム・ミョンミンとオ・ダルスだけいて、チョ・グァンヌとイ・ヨニは隣にある黄土部屋(土のサウナ)に入ったのだ。 (笑)今回は汗蒸幕の中に3人は入れなければならないという技術的な選択が必要で、どうせなら女性キャラクターがよかったと思った。

-実は最近映画界で女優にできる女性キャラクターがとても少ないという問題が深刻化されているが、監督の言葉を聞いていたら、このような思いがする。 使命感がなくても十分な理由が生じる部分なのになぜしないのかと思う。 (笑)

=そのように接近すれば当然正しいが、今の世が若干過渡期のようだ。 これも乗り越えないといけない段階と思うのでどちらの側にも立ちたくない。 以前シットコムをしていた時代に女性キャラクター中心の作品を作ったのも技術的な理由があった。 その時のシットコムはオ・ジミョン、パク・ヨンギュなどの男性キャラクターが人気を集めた。 隙間市場を攻略するため、わざと<走れ、私のお母さん>(2003)、<オールドミスダイアリー>で女性キャラクターを掲げた。 実際姉らの支配下で私が育ったのもあり、(笑)、作家陣の中でも女性のほうが多かった。

-実は今回の映画を見ながら、女性キャラクターを扱う姿勢がよくなっているという気がした。 反戦魅力を示していると述べ、露骨的に胸の谷間を照らす演出や女性の外観を卑下するコメディーのようなものが今回の方から消えた。 意識的に気を使った結果なのか。

=そのようなことは悩んだりもしたし、そういう面でよくなったりもした。 たとえば、1編でアヨンに対する描写があまりにもありふれた部分があり、反省したものもある。 また、コメディーの最も原初的な段階が卑下で、卑下の対象の一つが容貌だから、外見卑下をコメディーで使う雰囲気が韓国にあるのではないか。 <朝鮮名探偵>シリーズも以前にこんなことを活用した。 しかし、今回はシナリオ段階から卑下のコメディーをしないようにしようと言った。 もともとのキム・ミンとソピルが結婚をしたという設定をめぐって行こうとしたが、このようなアイデアが出た。 二人が酒を飲んで帰る途中に"旦那様!"と言って2人の女性が来るのだが、一人はとてもきれいでもう一人は醜女だ。 ところで観客の予想を破って醜女の方がキム・ミンに来て、それが事実は政略結婚の結果であり、キム・ミンが夜ごとにお札を書いて夫人が部屋に入らないようにするという内容だった。 誰かにはこれが面白いかもしれない。 しかし、やはり気になった。 不愉快だからこんなのはやめようと言った。 今では女性の外観を卑下したり、性商品化のようなものは楽しみ半分でやる線でもうまくいかない話になったようだ。

-キャスティングも新鮮だった。 ハン・ジミン、イ・ヨニに続き、今回の主人公になったキム・ジウォン、やはり映画版で見慣れた顔ではないから。 事実世子役のヒョヌと剣客役のキム・ボムもちょっと意外だったし。 監督が元々放送局の所属でキャスティングの人脈があるのではないか。

=そのまま役割に最適化された人を選ぶのにその中で最も人気のある人をキャスティングするのだ。 ただ、映画界ではチケットパワーという、そんな人気と認知度に対する許容幅が相対的に広いようなことはある。 キム・ジウォンはドラマの<サム・マイウェイ>(2017)前からキャスティングの話があった俳優だ。 そして新人をちょっと早く見るものもある。 製作する人たちがスターを発掘しなきゃ、じゃ、だれがやる?。 (笑)また、何か足踏み状態に陥ってうまく行かない人たちに機会を開いてあげたい気持ちも演出者にはある。

-芸能で始めた監督であってこそ可能だった独特な制作方式もありそうだ。 <オールドミスダイアリー>を共にした後輩であり、ドラマ<応答せよ>シリーズを演出したシン・ウォンホPDが、芸能の出身であるため芸能会議するようにみんなで集まって、台本を作るという話を聞いた。

=世の中に芸能ドラマというのがあるのだがそれが芸能PDが作ってそのような名前が付けられたのではない。 芸能番組のように作家協業システムで演出者とともに会議をして台本を作るのを芸能ドラマだとするのが正しい。 シットコムはもともとそうしてきており、ドラマにその方式を適用したのが(シン)ウォンホだ。 ある意味とても発展的なモデルになりうる。 一種の作家主義映画やドラマのような場合、他の問題があるかもしれないが、娯楽映画を作るときは頭が一つより二つあるのがいいし、2人より3人がましだ。 2000年からシチュエーション・コメディーを演出したため、このような協業をたくさん行ってきた。 <錐>のようなドラマも、<朝鮮名探偵>シリーズも18年目を共にしたイ・ナムギュ作家そして他の後輩たちと一緒に会議をしながら台本を作った。 会議に出た良いアイデアを集めてメイン作家が基本の流れを捉えて台本を書いたら、そこに私も脚色をして再び渡すエスカレーティング過程を経るのだ。 一人のアイデアではないので、長所が非常に多い。 算術的に頭がいくつかという単純な長所がまずあって、女性のセリフをもっと使うことができるとか女性の立場を代弁する最小限のスクリーニングを行うことができる。

●現場でなすすべもなく待たせるのが嫌いだ
-1編でカメラを1台、2編から2台、3編から3台を使った。 数台のカメラを使うのも芸能の影響か。

=一度にカメラを俳優に当てるのは普通のシチュエーション・コメディーを作るときに使われるやり方だ。 そうした呼吸で演技をするとき長所が多い。 もちろん、照明や録音まで考慮しながら、カメラを数台運営することが容易ではないが、長期的に見たとき、このようなやり方のおかげで発展する長所がもっとあるのだ。

-撮影もとても早く終わらせていると聞いた。 1編は53回、2編は44回、3編は43回で撮った。 今回は制作費が100億ウォン台だが、総3ヵ月もかからなかった。 似たような規模の他の時代劇を見れば概して半年にわたって、一場面を撮る時に何度もテイクを行きながら撮っている。 3ヵ月以内にぎゅっと撮るやり方を選択した理由があるか。

=個人の好みであり、また、何度も撮るのが適性に合わない。 個人的には技術的問題がないテイクがたくさんあれば、果たしてこの中で一つを選択することができるだろうかという気もする。 どんなやり方がもっといいと話することはできないだろう。 ただ、コメディーシーンは繰り返して撮れば撮るほど笑わせるだろうと考えて意識し演技するようになって、かえってよくないようだ。 それで俳優たちにリハーサルだと話した後、レコーディングをしたこともある。 そのような演技が自然なんだ。 感情シーンはテイクをたくさん獲れば、うまくいかなかった。 それで一度に俳優にカメラ数台を向けた。 また放送のときから誰かを無駄に待たせすることがとても嫌いだった。 ミョンミンさんもそのような話をした。 俳優が体を作ってくれば、肩が冷えないうちに現場ですぐ撮ってあげなければならないと。 その時セッティングを開始したり、変えてしまうと肩が冷めてしまう。 それでスタッフたちにも、俳優たちの体が作られたとき、すぐに撮ってあげるのが礼儀ではないかと言っている。

-念入りにセットしたハンディカメラで何度もテイクを行きながら撮った映画が芸術的らしく、<朝鮮名探偵>のように撮影するのは映画らしくないと批判する人もあり得る。 そのような意見についてはどう考えるか。

=認める。 でも娯楽物は当然娯楽的に撮らなければならないのが正しいと思って、それは映像文法から始めて作る方法が違う。 作品で見せてくれる演技の最も正確な実装のための演出を言うのだ。 楽しさを最も極大化するためには知っていながらも何も加えずに行かなければならないものがある。 画面がきれいならばきれいなほどコメディは死んて、コンテが立体的であればあるほど、人々が集中できないというのがコメディーの鉄則だ。 それで平面的であるコンテを書くから撮影時間が短くなって、顔自体が平凡に見えなければならないためにフラットな照明を扱えば、照明時間も短い。 娯楽ジャンルでマルチカムを使ってみると部分的には諦めることが上手なるのが一種のノウハウになると思うが、色補正の段階で最大限生かしている。 今回の編がカメラ3~4台を使ったアングルだが、後半作業をやり終えるとカメラの間に差がほとんどなくなる。 だから誰もカメラを数台回しために手抜き撮影だと断言することは出来ないと思う。

-KBS芸能PDとしてスタートし、今はJTBCドラマ局長で、<朝鮮名探偵>シリーズを率いてきた興行監督だ。 このような独特な経歴を持った人が見た時、今後、映画産業はどのように変わると思うか。

=依然としてコンテンツの力は強いが、コンテンツの力の根源は、知的財産権(IP)になった。 これはIP戦争の時代だ。 源泉コンテンツの確保戦争が起こった後には、多様に拡張された結果が出てくるはずだ。 これは映画なら、映画、ドラマならドラマだけではいけない。 NEW(映画配給会社)も子会社を通じてJTBCとドラマの方に業務協力了解覚書(MOU)を結ぶなど映画以外のコンテンツに拡張しているが、パイが限られているからだ。 映画のほかのジャンル、芸能やドキュメンタリーにも関心を持つ雰囲気になっているのではないか。 また、グローバルを志向しなければ生き残れないというのが現在すべての人が持っている鉄則だ。 これからも当然映画が劇場で上映されるだろうが、映画を作る人の立場では映画よりも、コンテンツ製作というもっと原始的な悩みから始めなければならないのではないだろうか。 芸術ではない産業の観点から映画産業は広義の概念として拡大されなければならない。 結局、映画産業もコンテンツ市場の一部分になるということだ。


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