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韓国俳優キム・ミョンミンに関するインタビューや記事の日本語翻訳ライブラリー
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특별수사: 사형수의 편지;特別捜査:死刑囚の手紙

あふれるスタミナで周囲をさわやかに圧倒する「チャントゥガル」 インタビュー翻訳 ①

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ぁぁぁぁ~はぁぁぁぁ~はぁぁぁぁぁ~
終わった~
長い~インタビュー・・・・
久しぶりで時間かかった~(っていうか夕方山下公園で2杯もビール飲んじゃったからかしらん)
※ただいま山下公演で恒例のベルギービールWEEKENDやっとります(^_-)-☆

写真がいいなあ・・・
目が合うとどきっとしちゃう♡
なんかいい感じですよね。オラバン。
いい感じで年輪重ねてる感じがします♡

インタビューは長いので分けてあげたいと思いますが、
つっこみたいところがたくさん!

ともかく「六龍の鄭道伝」は不満が残ったってことよね。
そうだわよね。そうでしょう・・・・

それでもう一度ちゃんと(笑)一からやり直したいってことなのね☆
それと安重根烈士、演じたいんだ。
韓国では英雄ですもんね・・・・^^;;;

まずは記者さんの独り言から・・・

김지수의 스터스텔라
「キム・ジスのスターステラ(石碑)」
死んでこそ生きる男、キム・ミョンミン「大衆の前で後退するのは我慢ならない」
死んでこそ生きる男、「自我死亡」させ新しい人物として復活
「六龍が飛ぶ」鄭道伝は心残りがある、もう一度やりたい
最も幸せだった役は「李舜臣」、一度したい役は「安重根」


幼い頃から教会の聖劇で、イエスとイスカリオテのユダで一座を泣かせ笑せた少年は、両親の反対を押し切って、ソウル芸大演劇科に進学した。卒業後コーラスと端役を転々、1996年タンスの前で撮った写真を貼ってSBS公開採用タレント試験を受験した。

審査員達は、さっぱりと着こなしたハンサムな俳優志望生の間でやぼったいスーツを着て来ても気後れしていなかった平凡な容貌の青年を合格させた。 「どこにおいても使い勝手が良い」という理由だった。その言葉が「使用説明書」になったような入社(!)初期から数年、彼は「どこ」であるかもわからないドラマの1分端役で長く使われた。
山賊の一人だったり、またはゲストの一人だったり。どっちにしろ、ぐうの音も出すことができない転がる石の一つであった。

なぜこんなに上手くいかないのか、あきらめてニュージーランドに移住しようと飛行機の手続きまでしておいたところに電話が鳴った。 「不滅の李舜臣」の李舜臣を引き受けてくれというKBSイ・ソンジュPDの電話だった。彼は太平洋を渡る飛行機に乗る代わりに南海の亀甲船に乗った。

「晋州城で朝鮮の兵5千人が死んだ。犬一匹、鶏一羽生き残れなかった。私は一晩中一人で座っていた。」静かに喀血する李舜臣の地文のように、2004年からキム・ミョンミンの腹式呼吸のセリフの時代が開かれた。そのように彼はますます英雄の魂を持った「最強の男」になっていった。

キム・ミョンミン、「チャントゥガル」。 「チャントゥガル」はモンゴル語で「頭目、最強の男」という意味である。しばらく前に放映終了したSBSドラマ「六龍が飛ぶ」で鄭道伝役を演じる彼に向かって、イ・バンウォン役のユ・アインが鼻の穴をひくつかせながら叫んだセリフも「あの男がジャントゥガルだ!」であった。

イ・バンウォンが振り下ろした刀を受けて吐息をもらし発した最後の遺言、「くたびれたな、バンウォナ...」は、映画「チング」の「もう止めないか、十分刺したじゃないか」以来、最も多く取りざたされた遺言である。
とにかく「不滅の李舜臣」の後に彼の魂のDNAには「英雄的トラウマ」という烙印でも押されているのだろうか。そうでなければ一人の一生がどうやって毎回記録を更新する五輪金メダリストのようでいられるのか。

身体のエネルギーを死に近いほど落とした「ルーゲリック患者」だった時も(映画「私の愛、私のそばに」)、視聴者の冷めた心に野心の炎を起こした「名医」(ドラマ「白い巨塔」)だった時も、ヒステリックな天才指揮者(ドラマ「ベートーベンウイルス」)や娘を誘拐された牧師だった時(映画「破壊された男」)も、彼は毎回痛みを貫通した「偉大な」人生を生きてきた。

嵐の丘で立ち向かう凶暴な風のように、最も先に突進する戦場の太鼓の音のように、革でできた声帯から共鳴するその鈍重な声で「おおよそ、生きようとする者は死に、死のうとする者は生きるのだ。」と叫んで。

キム・ミョンミンは「死んでこそ生きる」という言葉の底辺に敷かれたシンプルで巨大な哲学を理解しているように見える。

他人を完全に受け入れることは自分を殺すことである。ましてや、演技という行為は、「自我死亡」という積極的な行為によって新しい「誕生と復活」に至る道。彼を通じてドラマは古典的な海を航海するように広々として壮大になり、映画は生きるために死の河岸を逆らって登っていく鮭のぴちゃぴちゃと跳ねるような険しく、切迫した生気であふれた。

常により遠く夢見る俳優、キム・ミョンミンに会った。俳優としてのキャリア20年、まだあふれるスタミナで周囲をさわやかに圧倒する「最強の男」は、キューサインを下げればすぐに片手でプッシュアップもする態勢だった。準備して苦しむのが一番幸せだという信念は相変わらずだった。


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