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2017-10

정도전의 생애 チョン・ドジョンの生涯 (Wiki翻訳)② - 2015.09.12 Sat

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동판도평의사사사 トンパントピョンイサササ 
판호조사 パンホジョサ
판상서사사 パンサンソササ
보문각대학사 ポムンガクデハクサ
지경연예문관춘추관사  チギョンヨンエムンガンチュンチュカンサ
의흥친군위절제사 イフンチングンウィジョルジェサ


呪文じゃないのよ~

これチョン・ドジョンが歴任した、官職名の一部なんですけどね・・・・
もう~頭痛いわ~(@_@;) ジュゲムを超えとります・・・
いったい誰が考えたんでしょうか・・・

朝鮮を建国してから3年の間にどれだけ役職変わったのか・・・・
内容を調べる余裕もなく、ただひたすらNAVER知識辞典で漢字を探しました・

トンパントピョンイサササ←?サが3つもあるけど、ひとつ「サ」が多いんじゃ?

トンバントピョンイサ ササ
同判  都評  議使 司事
合ってるみたいです・・・
何する人なのかわかりませんが・・・(;_:)

こんな感じで格闘中・・・

※後で続けて読めるようにカテゴリーを別に作りました~。(チョン・ドジョンの生涯)


長いので下に・・・

李成桂との出会い(1383年)






1383年秋、チョン・ドジョンは、いよいよ非常の決心をし咸吉道咸興にある都指揮使、李成桂(イ・ソンゲ)を訪ねて行った。かつて李成桂と共に倭寇と女真族を討伐するために出征した鄭夢周(チョン・モンジュ)から彼の評判を聞いて、外敵の侵略を退け高麗の新しい英雄として浮び上がった李成桂に会うために咸興へ直接訪ねて行ったのである。彼は李成桂と長い会話で世上事を論じ、彼と通じるものがあった。

チョン・ドジョンは、腐敗した官僚により疲弊した民を救済してドン底に落ちた国を救う道はただ革命しか選択肢がないと結論づけ、これを実行するためには、李成桂の軍事力が切実だったのである。当時チョウでチョン・ドジョンは、李成桂指揮下の精鋭軍と一糸乱れぬ指揮統率に感嘆し、李成桂もまたチョン・ドジョンの深い学問と遠大な国家経営に対する経術に感心してやまなかった。チョン・ドジョンは、李成桂部下の東北面兵士たちの姿を見ながら、彼らは軍令を厳しく守るだけでなく、武器もよく整備されており、訓練にも熱心に取り組んでいることを把握した。

チョン・ドジョンは、李成桂を立派だと賞賛し、「これほどの軍隊であれば、どんなことでも成功できるでしょう」とかまをかけた。生涯戦場を歩き回ってきた李成桂がチョン・ドジョンの言葉の意味に気づかないはずもなかったが、どのような意味なのかわからないと聞き返した。チョン・ドジョンは、東南の倭寇を掃討することだと答えた。

改革政治と政変の祈り

李成桂と易姓革命
チョン・ドジョンは、その日の夜、李成桂と一晩中酒を飲んで世の中を取り巻く事について話をした。翌日チョン・ドジョンは軍営の前に立っている古い松の皮をはぎ、その上に李成桂のために詩を残す。
"
蒼茫歲月一株松 / 아득한 세월 속에 한 그루 소나무여 
はてしない歳月の中に立つ、一本の松よ
生長靑山幾萬重 / 청산에서 자람은 어찌 만 배나 중하지 않으랴만. 
清らかな世で育つことは、何百倍も大事なことだ。
好在他年相見否 / 좋았던 시절에 서로 만나지 못하였으니 
良い時代にお互い出会えなかったのだから
人間俯仰便陳蹤 / 세상을 굽어보고 우러러보아도 묵은 흔적뿐이구나. 
世の中を見下ろしたり、仰ぎ見ても、古い痕跡だけだ。

- チョン・ドジョン「題咸營松樹」

この詩でチョン・ドジョンは、李成桂を古い松に例えているが、今後時が来れば李成桂は天命に従い世を救うために出なければならず、自分と手を握って大事を成し、偉大な歴史的課業を残すであろうという自分の胸の内を密かに表した。李成桂は改革を主張するチョン・ドジョンらに協力することにし支援を約束した。彼の人となりに魅了されたチョン・ドジョンは、彼の幕僚となり、その後易姓革命も議論するようになり、この日をきっかけにチョン・ドジョンは、李成桂の参謀として大きな野望を抱くようになった。

1384年秋 典校侍副令に復職と同時に聖節使ポウン鄭夢周の書狀官として明に行き、両国間のねじれた外交的対立を解消、ウ王の承襲と恭愍王の諡号(贈り名)を受けて帰国した。 1385年帰国後、成均館祭酒と知製敎を経て86年外補を養成、南陽府使として着任し、善政を施し民から称賛を受けた。その後李成桂の推挙で成均館(ソンギュンガン)大司成(テサソン)になった

威化島回軍と権力掌握(1388年旧暦6月)

1388年旧暦6月の第1次遼東征伐に出征した李成桂らが威化島回軍で政権を握ると蜜直副使に昇進し、チョ・ジュン、ナムン、ユン・ソジョンなどと共に李成桂の右腕となり、田制改革に着手、租税制度と土地制度を改革した。これは、個人が勝手に土地を私有しないようにすることにより、権門世族らが保有していた土地を没収して、新しい政権を創出するために必要な資金の確保はもちろん、民の支持をもたらすことができたからであった。この時、彼は全国の土地を国に帰属させた後、人口に応じて土地を分配することを提案した。しかし、この過程で師匠であるイ・セクと友人である鄭夢周などの意見が異なるようになり、徐々に離れていった。続いてウ王の義父であるチェ・ヨン、イ・イニム、ヨム・フンバン、チョ・ミンスなど旧勢力を排除することによって、朝鮮建国の基盤を築いていった。同年、ウ王を追い出し、イ・セクの主張で昌王を立て、この時ウ王の側近であるチェ・ヨン一派を排除した。


政変とコンヤン王推戴

1389年旧暦11月ヨジュに流刑された廃主 ウ王が自分を訪ねてきたキム・ジョ(金佇)とチョン・ドゥック鄭得厚に宝剣を与えクァク・チュンボ郭忠輔と共に李成桂を排除するよう密命を下した陰謀の事実がクァク・チュンボの密告により発覚した。これに李成桂はウ王を庶民に降格させ、江華島に島流ししてしまった。チョン・ドジョンは李成桂、チョ・ジュン、ナムンなどと共に、志を同じくして昌王をシン・ドンの子孫という口実で退位させ、「廢假立眞」(事件)を口実にコンヤン王を推戴し功臣となり、チェ・ヨンなどを殺し実権を握った。この時、彼はウ王と昌王親子が王家ではないと主張をしたが、これに対し、朝鮮の良識ある臣僚たちとソンビ(士人)らはこれは朝鮮王朝のねつ造と見たし、現代の学界でも、朝鮮王朝のねつ造と見ている。李成桂、チョ・ジュンなどと共にコンヤン王を推戴した功として、彼はポンファ県忠義郡に封君された後、輸忠論道佐命功臣に冊録され功臣田100結とノビ10人を授けられた。以降、三司左使となる。 1390年(コンヤン王2年)經延知事に上がった。その年1390年李成桂が明を打とうとしていると、明の朱元璋に密告したユニ、イチョ事件が発生すると、聖節使兼辨誣使として明に行き、ユニ、イチョの主張が無実であることを明らかにして戻っててきた。すぐに都評議使司使 兼 成均館大司成となった。

流刑

1391年に李成桂は三軍都摠制府を作り軍隊を掌握し、チョン・ドジョンは三軍都摠制府、右軍都摠制の座を務めた。続いて、仏教排斥の旗を持って斥佛上訴を上げ権門世族を仏教徒として追い込み排除した後、成均館の学生と一緒に外勢を借りて国内問題を解決しようとしていたユニ、イ・チョ事件の背後のイ・セクとウ・ヒョンボなどを辛禑・新昌擁立の罪に問い処罰することを上訴した。しかし、チョン・ドジョンと新進士大夫も昌王などの擁立に加担したし、これを負担に思ったコンンヤン王は、はじめは拒否した。チョン・ドジョンは重ねてイ・セク、ウ・ヒョンボを処罰することを強く主張した。

その年の9月に平壌府尹に任命されたが、鄭夢周らは彼を排除する目的で司諫院と司憲府の内官らを買収し、彼は「チョン・ドジョンは家風が不正で、派系が不明確なのに大きな官職を受け朝廷を乱している」と弾劾させ、ポンファに流刑させた。鄭夢周がチョン・ドジョンを弾劾した実際の目的は、李成桂を排除するためのものであった。しかし、鄭夢周の弾劾事実に接した彼は鄭夢周に深い背信感を抱くようになる。続いて羅州に流刑地が移され、二人の息子は官職を取り上げられ、平民となった。この時、鄭夢周はキム・ジンヤンを扇動して死罪にすること上訴して彼を処刑しろと強く主張したが、コンヤン王がこれを聞かなかった。彼が流刑されるや鄭夢周は彼を処刑しなければならないと強く上訴したがコンヤン王の反対で1392年(コンヤン王4年)の春、流刑から解放され、故郷ヨンジュに戻った。

1392年3月初め李成桂がヘジュの狩り場で狩りの途中落馬し負傷すると、李成桂勢力を排除しようとする鄭夢周らにより「賤地で起身して、堂司の地位を盗み、賤根を隠すために本主を排除しようと計略を図った」という弾劾を受けて甫州の刑務所に投獄された。その年の4月10日、イ・バンウォン、チョ・ヨンギュらが善竹橋で鄭夢周を撃殺することにより、高麗王朝を支持する勢力は、求心点を失い、崩れた。その後、チョン・ドジョンは6月10日流刑から解放され開京に召喚されて復帰した。


さ~いよいよ時代が動き始めますねえ。。
それにしても、チョン・ドンジョンの人生の浮き沈みがなんと激しいのでしょうか・・・
あんなに仲の良かったチョン・モンジュが・・・(;_:)
「昨日の友は今日の敵」・・・・

チョン・ドジョンが頭角を現し始めて、周りも激しく変わっていきます・・・・

続く・・・

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プロフィール

SAMTA

Author:SAMTA
横浜在住
韓国ドラマ・映画好き
韓国俳優キム・ミョンミンさんの
カンマエに嵌ったのが2009年5月。
それからミョンミン道一筋です☆
韓国語、韓国料理など韓国文化全般に
興味があります。☆

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