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韓国俳優キム・ミョンミンに関するインタビューや記事の日本語翻訳ライブラリー
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개과천선:改過遷善

キム・ソクジュの「改過遷善」は重要ではない。(ネタバレなし)

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ラマの内容がいいし、なんといってもウリペウの演技力に感嘆の声が多く聞こえる「改過遷善」ですが
記事の内容もいいですねえ。
しばらく記事を読んでなかったんですが久しぶりにいくつか拾い読みしたら
どれもいい内容ばかり・・・嬉しい悲鳴~(^_-)-☆

瞼が閉じる前にいくつかアップします(ってひとつで終わったらミヤネヨ~(^^ゞ)

김석주의 '개과천선'은 중요하지 않다
キム・ソクジュの「改過遷善」は重要ではない。


差別化された内容と展開で目を引くドラマがある。まさにMBC水木ドラマ「改過遷善」だ。ひたすら「悪口を言いながら見ていた」視聴者らが結論に至ってはじめて胸を撫で下すことがない、「過程」に関心を集中させるようなドラマ、非常に久しぶりに出会う感じだ。

善良な人物が悪い人間にされて、またその苦しみを克服する話は昔からいつも人気があった。しかし、最近はひたすら善良なことが大きく歓迎されない時代だ。悪い男、あるいは女が登場して、そのような魅力を持った人々が主人公であることがそれほどぎこちなく感じられない。

しかし、何はともあれ「つまらない」のは同じだ。外見こそ悪い人であっても、実際の本音は誰かれなしに善に向かって設定されて大部分は「善良な人々が最終的にはいい人生を送る」式の画一的な結論に流れるように設けるからだ。結局、形式と内容に若干の違いがあるだけで、二人は大きく変わらない。それからのプロセスはあまり重要ではない。ただ結果だけが重要なだけである。

「改過遷善」より重要なのは「実体的真実」を暴く過程

悪辣だったキム・ソクジュ(キム・ミョンミン)弁護士が記憶喪失症にかかった後に変化する「改過遷善」で重要なのは、ドラマ内の事件や事故が主人公に与えた影響やその結論ではない。それらが劇的な楽しみのための調味料として非常に興味深く必ず必要なものではあるが、このドラマで注目すべきことは別にある。まさに「過程」である。

その過程には、キム・ソクジュの人間性が変わっていく様子ももちろん入っているが、何よりも重要なのは、彼の弁護を引き受けた事件で暴かれた「実体的真実たち」がぎっしりと入っているという事実である。このドラマは、良心と非良心、ある利己と利他、不意と正義の境界が果たしてどのようなもののために生まれてくるのか、また、価値のある人生は何かについても考えさせようとする。

人権弁護士だった父を絶えず失望させて国内最高の法律事務所で堕落した弁護士の道を歩いていキム・ソクジュ。彼は不意の事故で記憶を失って片隅に片付けておいた良心を少しずつ回復することになる。人生の方向がまさに180度変わるようになった。

記憶喪失は、皮肉なことにキム・ソクジュを「改過遷善」の道に導く。しかし、人々がそう簡単に変わるのだろうか。多くの部分の記憶を失って初めて客観的に自分を見るようになる主人公。実際これ以上のファンタジーがあるだろうか?

しかし、私たちはいつも善良な人々がいつかは迎える歓喜のエンディングを見るためにやきもきしながらドラマを待つ。彼らに対する感情移入は勿論である。ほとんどは、主人公たちと一緒に善良な方に立っていると思う(あるいは勘違い)であろう。ファンタジーはどこにでもある。

ファンタジーを満たすことが、まるでドラマの使命( ? )のようだ。 「改過遷善」のキム・ソクジュは、私たちにそのような歓喜の結末を抱かせることができるだろうか?しかし、このドラマでは、あえてそのようなことを期待していない。だから我々はひどくやきもきしながらこのドラマを見なくてもいい。考えの通り、興味のある事はいくらでもいるのだから。

キム・ソクジュが劇的な変化で最終的に「善良な人」になるのかならないのかが一番重要なものではない。
だから、過程を楽しませるドラマ、 「改過遷善」の美徳は、まさにそこにある。


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