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항아리 hangari はんあり

韓国俳優キム・ミョンミンに関するインタビューや記事の日本語翻訳ライブラリー
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김명민 キム・ミョンミン

はんあり10年目突入企画その1☆思い出巡り☆水のある人

李舜臣将軍3

2010年の3月は「李舜臣祭り」もさらに盛り上がり、
「チャングン中毒患者の会」なるものまで発足してました^^;;
そういえば毎日チャング~ンって叫んでたなあ・・・

そしてこのインタビューは特に印象に残ってました。
Part2の方にあるこの部分。
火は情熱だし水は深さかな?私の場合には二つが一緒にある。私の中で何かが起き上がれば、火のように勢いよく噴出してくる。そしてある瞬間一度にすぱっと消える。直接的でずっと残っていない。
それでも一番底にはやわらかい水が流れているように思う。

すばらしい自己分析。
ではではインタビュー記事再掲です・・・

오직 나만의 이순신을 만나게된다.
ただ、自分の中のイ・スンシンと向かい合う。
2004.8 KBSジャーナル

キム・ミョンミン。 彼は名前のように明敏だったり、すばしっこくはない。あるものだけを引き出して
「これが私です。」と言うのが、キム・ミョンミンだ。
彼のすべてを暴いてやろうという欲。単純明快な彼に、それは最初から無駄な考えだったのかもしれない。

文:パク・ソンヒ(小説家)


PART1 나 이상도 이하도 없다.
「僕は、それ以上でも以下でもない。」

記者:はじめ李舜臣役の話が来たとき、「考えてみる。」と答えを引き延ばしたと聞いた。
いったいどうして?ものすごい役柄に対して自信がなかったのか?

ミョンミン:部分的には当たっている。何もわからないまま一度会おうと監督の電話をもらって出かけた。すでに心を決めていたイ・ソンジュ監督はいきなり「やってみる気はあるか?」という言葉を投げかけたが、私は本当に当惑した。
あなたもわかっているだろう?どれだけ錚々たる名前がタイトルロールに上がっては消えて行ったか。自信があるないと考える暇がなかったのだろう。それで3日の猶予をくれと言ったが、妻が出産するためにそれもすっかり忘れてしまった。
(その時息子が生まれた)また、監督が電話をくださり、心の中で「バカな奴!」と叫びながら無性に腹立たしかった。

記者:李舜臣としてあなたを選んだ監督の考えは?

ミョンミン:分からない。何かがあってキャスティングしたんだろう。それ以上は考えないことにした。監督は理由があって私はその理由を知らず、それだけだ。ドラマが終わる頃には分かる様になるのではないか。

記者:俳優キム・ミョンミンは大衆を圧倒するカリスマの所有者ではない。聖雄李舜臣のイメージを歪曲させたり弱くさせるかもしれないと思うのだが。

ミョンミン:いろいろな意見があるのは知っている。(当然そうだろう。)結果で話そう。どんな姿の李舜臣が出てくるかは、私自信も分からない。ただ、李舜臣の中に入っていくため、最善を尽くすだけだ。李舜臣が私に似ていないと言うのは、二人の人物の固定化されたイメージを無理やり重ねようとするからだ。「不滅~」で見せようとする李舜臣は英雄の姿としてステレオタイプ化された李舜臣ではなく、人間李舜臣だ。私は普遍性と特殊性がバランスよく調合され
た私だけの李舜臣を表現したい。

記者:最初、李舜臣と自分の距離がどれくらいで、今はその距離がどのくらいまで縮まったか。

ミョンミン:最初はどこがスタートで、中間で、ゴールなのか分からないほど遥かに遠いところに居た。鎧の中の李舜臣の深みは計り知れなかった。さらに時代劇は経験がなく、見当がつかなかった。原作を繰り返し読んで、やっとの思いで、一歩ずつ歩き出した。感情がこみ上げてきて、涙を流しながら、人間李舜臣が少しずつ見え始めた。まだ遠いけれど、私が行けば行くだけ李舜臣が大股で近づいてくると感じるようになる。

記者:キム・ミョンミンの中で人間李舜臣をどれだけ引き出すことができると思うか?

ミョンミン:100%の李舜臣になることはできないが、10分の1?それぐらいでも創り出そうとすれば、あの方に迷惑がかからないのではないかと思う。ただ、私は自分自身を疑うことはない。撮影現場では私が李舜臣で、私が表現する李舜臣が正解だと思って演技をする。演技は視聴者をだまし自分までもだます作業だ。自分を疑えばすぐにバレる。それに視聴者たちはごまかせない。

記者:撮影に入ったとき監督はあなたの演技に満足したか?

ミョンミン:はじめは監督が考える李舜臣を理解して、それに合わせようと努力した。私が考える李舜臣と監督が考える李舜臣を合わせるのが大変でもどかしかった。監督の考えを理解できなかったので。そうしているうちに分かるようになった。彼が私の演技を尊重してくれて、私の姿から李舜臣のまた違う像を描いて行こうとして。それで今はもう監督が私を評価しなくても焦らない。

記者:チェ・ジェソン、イ・ジェリョンなど大河歴史ドラマに遜色ない先輩たちと演技することがプレッシャーにならないか?

ミョンミン:どっちにしろ私は李舜臣将軍だ。人物がもともと大きいためにその人物から力をもらうことができる。またすべてのことが私を中心に回っているし、すべての人が私を応援してくれている。大先輩との演技がプレッシャーにならないわけではないが、李舜臣の衣装を身につけるプレッシャーに比べれば何でもない。

記者:ドラマでの内面演技は小説の内面描写より遥かに難しいのではないか。

ミョンミン:小説のもっとも恐ろしい点は、想像することができるということだ。どんなに演技がうまくても、想像があふれ出る筆先の繊細な動きに追いつくことはできないだろう。私がどんなに細かく演技をしても視聴者が想像した李舜臣でなければ期待と食い違うことになってしまう。しかしドラマでは想像を満たすいくつかの要素がある。他の演技者との呼吸と技術的な部分と言うか。

記者:聖雄李舜臣が厚塗りされたものであるならば、苦悩する人間 李舜臣も厚塗りできると思うのだが。

ミョンミン:ハングルを習うようになれば、(必ず)接する人物が李舜臣だ。李舜臣を知らない人はいない。問題はほとんど大部分、李舜臣の表面だけを見ているということだ。「不滅の李舜臣」は表面ではない内面の李舜臣を探ろうとする。だからといって足したり削ったりする意図はない。そのような意味で今回のドラマは相当重要な作業であるはずだ。李舜臣の人間化されたイメージを表現しようと努力しない、ということだ。ただ、私が理解する李舜臣に忠実なだけだ。

翻訳:SAMTA 2010.3.7


Part2は下にたたみました。

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