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항아리 hangari はんあり

韓国俳優キム・ミョンミンに関するインタビューや記事の日本語翻訳ライブラリー
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「赤い糸伝説」청실 홍실

前に向かって歩こう<3.11>

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※宮城県観光連盟HPよりお借りしました。 1日も早くこのような美しい自然が元に戻りますように。


の1年間、それぞれがそれぞれの分野・立場でできることをしてきた1年ではなかったかと思います。
復興はまだまだ思うように進んでいないけれど
それでも1歩ずつ前へ進んでいると信じます。
リーダーシップ不在が浮き彫りになってしまった日本において
民間や、日本人個々の持つ底力を誇らしく思った1年でもありました。


今朝の朝日新聞にこのような記事が二つありました


おひとりは89才で日本人に帰化した方。
日本文学者のドナルド・キーン氏。昨年入院された時に思い立ち
震災で日本永住と国籍取得を決心されたそうで、ついに今年3月8日、日本人になられたそうです。
天声人語には「キーンさんの場合、国籍は日本への、最上級の愛情表現」と
ありました。
「私が選んだのではなく、日本に私が選ばれたというのが人生の実感」
「平凡な日本人になりたい」
このようにおっしゃられたそうです。


そしてもう一人はNHKのアナウンサーで福島の勤務を志願された方
伊藤博英さん。お顔を見れば、ああこの人というぐらい
NHKのベテランアナウンサーさんです。
現役アナウンサーでは最高の特別職についていらっるそうですが
この4月異例の人事異動で福島放送局へ赴任されるそうです。
岩手生まれで宮城育ち。最初に赴任したのが福島だったそうです。
「現地で同じ空気を吸いながら、皆さんの悩みや願いを全国に発信したいと思った」
というのが理由だそうです。


「思いつくこと」と「実行に移すこと」の間には大きな河が流れていて
そこを渡るのには大変な勇気がいると思います。周囲の協力も必要でしょう。
キーンさんの日本への愛情、伊藤アナウンサーの福島への愛情
そのような温かい感情が勇気ある行動を生むのだと感じ入りました。

ふたりの人生の先輩に大きな拍手を送り
こころから敬意を表したいと思います。



そしてこれは2011年3月12日付けの朝日新聞です。
海外で駐在している日本人に状況を伝えるのに
新聞紙面が一番的確だと思い写真を撮っておいたものです。
紙媒体がどんどん消えていく中で
やはり新聞(活字)が持つ伝達力の強さを改めて感じました。

2011_3_12_asahi.jpg クリックすると大きくなります。

YAHOOでは3.11を記録に残そうという主旨でアーカイブ(←こちら)ができていますね。
皆さんの知恵を集めていざという時の防災・減災に活かしていこうということです。


こうして記録に残し、記憶から消えないようにいつまでも被害にあった方々を想いながら
過ごすことが大切ではないかなと思うのです。


最後に晴れて日本人になったキーンさんが記者会見でおっしゃった苦言を。

「日本人は力を合わせて東北の人を助けると思っていました。
東京は(電気が)明るい。必要のない看板がたくさんある。東京だけではない。
忘れているんじゃないか。まだやるべきことは、いっぱいあると思います。」


はい。この言葉を胸に刻みまた1年、前へ進みましょう。







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